作品解説・梁塵秘抄~神も昔は人ぞかし~
 
 
 
 
梁塵秘抄(りょうじんひしょう)というのは、平安末期に後白河法皇によって編纂された、今様(いまよう)と呼ばれる流行り歌を集めた歌集です。
 

この作者の後白河法皇というお方は、若い頃から「今様狂い」と言われる程今様に熱中していた…今でいう、王室や皇室の方々がロックバンド狂いという様な感覚でしょうか、そんな風変わりな皇子さまでした。
遊女やなんやらと、下賤の者まで集めては今様を習ったり、その歌の実力を見たり測ったりという事もしていたそう。

 「梁塵秘抄」の「梁塵」(りょうじん)、 これは『梁塵を動かす』という中国の故事から来た言葉に由来するもので、
昔、素晴らしい歌声を持った人の、そのあまりの美声に 建物の「梁」の上に積もっている「塵」が、その美しい旋律に乗って舞い上がるほどであった、 というエピソードによる、声の素晴らしさを褒め称える時の比喩的表現ですねコスモス
「秘抄」(ひしょう)というのは、秘伝の書、秘密の書といった意味です。

要するに、この「梁塵秘抄」というタイトルの意味は、 『塵が舞い上がるほど美しい歌い方、旋律を伝える秘伝の書』キラキラ
ここから大冒険が始まりそうな、イカしたタイトルですね!(笑)
なんと、世にも珍しい音楽書の性質を持った古典作品なのですね。

 実際、作品自体が、「歌詞」である今様集と、その歌い方などを記した「楽譜」に相当する説明書きの二作品に別れており、 このうちの「楽譜」に当たる説明書き集を、
「口伝」(くでん・こうでん)と呼びます。

 その大部分は失われており、現存する楽譜部分ももう誰も読み解く事が出来ないのですが、 後白河法皇本人がこう記しております↓

  「こえわざの悲しき事は、我が身かくれぬる後とどまる事のなき也。  それ故に、なからむあとに人見よとて、未だ世になき今様の口伝をつくりおく所なり。」

~自分の学んで来た声楽の悲しい事は、どんなに美しく素晴らしい歌唱法を極めた所で、死んでしまった後はこの世にその声のとどまる事のない所だ。 それゆえ、自分亡き後、後世の人々がせめて見て学んだり楽しんだり出来る様に、いまだかつてない今様の口伝を作っておく事とする~

 そんな感じの意味ですね。
 「なからむあとに~」の部分を、「梁塵秘抄」の文字と共に絵の右側に挿入致しました。
右側に描いた後白河法皇…っぽい衣装を着た人は…(笑)自らの作品コンセプトにのっとりまして、人物像のもの凄いリアリティは追求しない事にしました(笑)あしからずо(ж>▽<)y ☆


この梁塵秘抄に載っている作品を紹介しますと、 有名なものは、先年のNHK大河ドラマ「平清盛」の挿入歌?になっていたこちらの歌ですね。↓
 

遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さえこそ動がるれ

(幼い子供は、遊びをする為に生まれたのだ、戯れする為に生まれたのだ、  無邪気に遊んでいる子供の声を聞けば、自分の身も思わず揺れてふるえてしまうね。)
 

本当に無邪気に楽しそうに遊ぶ子供達やその笑顔を見て、裏表なくしみじみ感動する大人の心を詠ったほほえましい歌です音譜

耳について離れない大河ドラマのあの♪あそびを~~~~せんとや~~~~~♪の声(笑)
 
「なんで清盛にこの歌チョイス?」と見る度に思っていたのですが(笑)最終回あたりの西行の「あなた様は欲望のままに好きに生きてこられました」的なセリフでやっと分かりました。
あれは、清盛が子供が遊びを求める様な心で、 本能のままに欲望のままに大胆に権力や快楽や悦楽を追求しまくったあげくこうなっていった!という脚本の人物像をこの歌とリンクさせて描きたかったんであろ~≧(´▽`)≦(たぶん(笑)


次の歌。↓
 

 我が子は二十に成りぬらん 博打してこそ歩くなれ 国々の博党に さすがに子なれば憎か無し 負かいたまふな 王子住吉西宮

(私の子は成長して二十歳になって、博打して国々を浮浪するようなどうしようもないろくでもない大人になってしまいました。それでも子供なんだから憎いものですか。 住吉の西宮の神様、王子さま、あの子を国々の博打うち達に、どうかお負かしなさいますな。)

ばくち打ち、という言葉が出てくるという事から、身分上下問わず民衆に広く詠われていた歌を遠慮無くピックアップした大変世俗的な歌集である、という事が見て取れます。
博打うちの不良息子を、神様どうか立派な官人に、武人に!親孝行させて楽させてよ!ではありません。どうか博打うちの息子を、国々の強い博打うち達に、負かしてくださいますな…です。
人情ですねアップ


 最後は絵の右側に挿入したこちらの歌です。↓


ちはやぶる神 神に座(まし)ますものならば、あわれと思(おぼ)しめせ 神も昔は人ぞかし

(威勢の激しい強大な力を持った神様、そんな神さま、もしいらっしゃるんでしたら、我が身の上をあわれと思って下さいませ。今まつられて崇められている様な神様も、以前は生きている同じ人間だったのだから。)

難しい話ではなく、人ならば、皆困る事や悩む事があると思いますが、
とっさに自然に神や仏や何者かに対して、祈ったり願ったりする、そんな歌ですかね。
現在神社にまつられている様な神様、上代の神話の世界ではない、歴史上の人物も多く見られますが、「神も昔は人ぞかし」というのは、これは今も昔も変わらない、日本人らしい気持ちを詠った歌ですねo(^▽^)o

左側に描いたのは、当時その今様を歌っていたであろう白拍子、 背景には夜明けの晩にキャーキャー滑ってる鶴と亀(笑)
全体的に古いおとぎ話をイメージして描きましたo(^▽^)o




編纂者の後白河法皇は、芸術家、音楽家としての優れた才能も持っていて、又勉強も努力も重ね、長年かけてこの「梁塵秘抄」を完成させたのですが、
現在の様にCDもビデオもYouTubeもボイスレコーダーも無い時代で、 「こえわざの悲しき事は、我が身かくれぬる後とどまる事のなき也。」 (自分の学んで来た声楽の悲しい事は、どんなに美しく素晴らしい歌唱法を極めた所で、死んでしまった後はこの世にその声のとどまる事のない所だ。) と嘆いた訳です。

後年になってやっと自分が認められるレベルの弟子が二人現れて、それにほくほく喜ぶ様子の文章なんかもちゃんと記載されているのですが(笑)

 どうやっても当時の歌い方や実際の歌声は、聞いて知る事が出来ないですね汗
しかし彼のその今様と音楽への情熱と深い思いは、現在もなお、沢山の人々に受け継がれ、多くの人を感動させている事でしょうキラキラ


The history and the music are interesting ビックリマークキラキラ