作品解説・最上義光と駒姫
 
            
 
 
最上義光(もがみよしあき)といえば、出羽山形藩の初代藩主で山形の有名な戦国武将。

彼が手にしているのは、他の戦国武将とは少し変わった、重さ約2キロの指揮棒。
そこには、「清和天皇末葉山形出羽守有髪僧義光」の文字が刻まれています。

『清和源氏であること、山形出羽守であること、剃髪していないが仏に仕える身であることなどを示しています。』(歴史館ホームページより)

絵の左側に挿入したのは、こちらの文字ですね。(*^_^*) 背景には家紋。
 

駒姫(こまひめ)は義光の次女で、豊臣秀次の側室となる為に京都へと旅立ち、
到着後、旅の疲れを癒していた丁度その頃、
夫になる予定の秀次が謀反ありとして豊臣秀吉の命により切腹させられてしまい、
その妻子達も捕らえられて処刑となった時に、共に引き立てられて処刑されてしまった悲劇の姫君。
 

まだ実質的な妻ではなかったという事です。処刑された時は15歳。 あまりに惨いお話ですね。

 三条河原に引き立てられ、他の女性達が泣き叫ぶ中、 彼女だけは毅然とした態度を崩さず、自分の順番になったら首を前に少し差し出したのだとか…


駒姫の処刑の話を聞いた父の義光は、数日間食事もとる事が出来ず、
母の大崎夫人は、駒姫の死から14日後に亡くなったそう。
自殺だとも、悲しみのあまりの衰弱死とも言われています。
 

辞世の句は、 「罪をきる弥陀の剣にかかる身の なにか五つの障りあるべき」

(罪をきせられ、弥陀の慈悲の剣に導かれるこの身に、何か[極楽往生を妨げる]五障の罪があるでしょうか)

絵に挿入したのは、こちらの句です。

 
背景には、数珠で出来た家紋、 そして父・義光が馬を繋いだという伝説がある「駒つなぎの桜」をイメージした桜の花びらを散らせました。