作品解説・項羽と虞美人
 
 
 
墨と筆だけで描いた作品:第二弾アップ

今回は中国史ビックリマーク
項羽と虞美人(こううとぐびじん)です。


 中国・秦(しん)の時代。
 

 中国で初めて天下統一を果たした、始皇帝が、強大な権力・武力をもって 民を支配しておりました。
身も凍るようなその厳しい政治に、人々は苦しめられ、 また、巨大な建造物などの工事の為に、沢山の人々がかり出され、 過酷な重労働の末、命を落としていますメラメラ 刃向かう者は皆殺し爆弾

その様な政治をしていれば、民から不満の声が上がるのは当然で、 各地で反乱が起こり、 始皇帝が死んだ後、彼の息子、二世へなちょこ皇帝の時代になると、 多くの国が秦打倒に乗り出しました馬


その時に、秦打倒の為にいち早く旗あげした国の一つ、楚(そ)の国。

項羽(こうう)という人は、楚の国の貴族出身の男でした。
 
 
両親を早くに亡くして、叔父にあたる人物に育てられたのですが、
この人はとにかく強かった。 体も大きく立派で、誰も持ち上げられなかった鼎(かなえ・巨大なお釜みたいな物)を ひょいっと持ち上げる、という怪力伝説も残っており、
若くして活躍し、二十代で早々と名の知れた将軍となりますドンッ

 はじめは叔父さんが中心となり、楚の国の王の末裔を捜し出して その人を王として立て、
項羽は一将軍として活躍しているのですが、
叔父さんが早々と戦死してしまいまして、
秦の二世へなちょこ皇帝はあっさり自分の側近に殺され、
その後三代目の皇帝となった割とまともな感じの人はあっさり降伏しちゃうし、
 
 
「え…自分より偉い人…もういなくね?俺強いしキラキラ
 
 
…と、そう思ったかどうかは分かりませんが(笑)
項羽さんは、自分の意見を通してくれない楚の国の王さまを なんと殺してしまい、
自分が楚の王と名乗っちゃいます。雷
 

秦打倒という同じ目的で立ち上がり、協力して秦を倒したそれぞれの国ですが、
その後はもちろん、誰が次に天下を取るか、という話になりますね。ドンッ
 
名だたる国々・屈強な王・武将・賢人・ そんな猛者達の中から、最終的に生き残ったのは、
この楚の王・項羽さんと、漢(かん)の王・劉邦(りゅうほう)さん。
 
天下を取るのは、楚か、漢か。

ついに天下をそんなふうに二分するまでに来ましたが、 項羽は、その強大な武力をもって、人々を征服し、 逆らう者は皆殺し、その荒い気性で、降伏した者まで皆殺し、
彼の行く先々で必ず血が流れます。
 
 
彼が歴史上特別残酷な人間であったという事ではなく、
そうある事がこの時代の支配者の常だったのでしょう。
しかし、間違いなく項羽は、始皇帝と同じ道をたどっていました。

 
そんな項羽でしたが、寵愛する女性を一人側においていましたブーケ1
絶世の美女・虞美人(ぐびじん)。アップ

「美人」というのは、美しい人、という意味ではなく、 后の階級の名前です。
「虞」というのが、彼女の一族の名前。 そんなわけで、呼び名が「虞美人」です。
 
王というのは正室や側室や、後宮に沢山の妻を持っていて当然なのですが、
項羽はこの最高に美しい女性をとにかく寵愛します。
最強の男がただひとり愛するのは、たおやかな絶世の美女………キラキラ
もういかにも!!いかにも!!という感じで(…?)、映画のヒーローとヒロインの様なカップルでございます。


…そして、長い年月繰り返された、楚と漢の戦いもとうとう終局を迎え、
その間に人民の心は、可能な限り血を流す事を拒み、降伏した者も国も許し生かす、
 漢の劉邦さんに向くようになっていました汗 かつて味方であった者も、
数多くが漢に降伏し、今は敵となり…

あれほど強大であった楚の軍も、敗北に敗北をかさね、
最後にとうとう追い詰められて敗走し、 垓下(がいか)という所まで追い詰められて、
そこに陣をはります。
兵は多くが死に、食料ももう尽きかけている、そんな時に、 周りから何故か楚の国の言葉の歌が聞こえて来ました音譜
 
 

 音譜ソーソーソソソ楚音譜 (←違う(笑
 

 「漢軍が歌っているのか?それにしても、何で漢軍が 楚の歌を?もしかして、漢はもう我が祖国を取ってしまったのか、 なんて沢山の楚の人が敵側にいる事か…」

四方から聞こえてくるその歌を耳にした時、項羽は完全なる自分の敗北を悟ります。
これが有名な「四面楚歌」ですね音譜
これは、漢軍による作戦であったと言われています。
 

その歌を耳にして、項羽は夜に起き上がり、 虞美人を側において、酒を飲みながら、
こう歌いました。
 

 力は山を抜き 気は世を蓋(おお)ふ  
 時に利あらず 騅(すい)逝(ゆ)かず
 騅逝かざるを 如何(いかん)すべき  
 虞や虞や なんじを如何(いかん)せん 
 
 

~力は山を抜き、気は世をおおっている、  もはや完全に勝利はない。
時勢は全くの不利な  状況にある。  
  
 
騅(すい)〈項羽の愛馬〉をもう進ませる事が出来ない、  
騅が先に行く事が出来ないものを、一体どうする事ができようか。

わたしはこれから最後の戦いに行き、そして死に行くのだが、  
大切なあなたと離れる事も、この場に置いて行って敵の手に渡してしまう事も、
 
 
あなたを手放す事も一緒にいる事も、生かしておく事も死なせる事も出来ない。  
虞よ、虞よ、(虞美人への呼びかけ)あなたを一体、どうしたら良いのだろうか…~    
 

 敗北を悟り、死を目前にした項羽の、何とも心に響く、切ない歌ですあせる
イラストに挿入したのは、この歌です。↑

 元は漢文ですので、訳した人物によって、 日本語表記は違いますので、あしからずあせる
 

 「なんじを、いかんせん」という言葉に、とても深い情愛がこもっていますね。
本当の本当に、愛する人を、どうする事も出来ない状況です。
あなたを一体、どうしたら良いのだろうか…
 

これを歌った項羽の頬には数行の涙がつたい、 左右の者も皆泣きました。
 

 伝承によれば、虞美人はこの時、 項羽の為に剣を持って剣舞を舞った、
そしてこの歌をうけて、 項羽の為に自害した、と言われています。
最高にドラマチックなこのシーンは、 はるか昔から絵、物語、劇、舞台などでよく取り上げられる人気の高いものであり、

この、死せる虞美人と、嘆く項羽、そして剣、というのは 絵画や銅像などでも、
昔から非常に多い表現ですね。 セットのような物ですキラキラ
 
言い伝えでは、 虞美人のなきがらを埋めたその土の上に、
まるで彼女のような なんとも可憐な花が咲いたそう。
 これが、画面右下に描きました、ひなげしの花。 別名、“虞美人草”と呼ばれる花です。

 
項羽はその後、烏江(うこう)という河のほとりまで追い詰められ、 漢軍にかこまれて自害、
手柄を立てて褒美をもらうべく、漢兵がその死体に殺到、 首、手足を切り取られ、
その小競り合いの為に、数十人が同士討ちで死にます。

漢の王・劉邦は、項羽の体の一部を持っている者全員に 平等に褒美を与え、

残った項羽の一族は誰一人殺さず、項羽の死体も手厚く葬りました。 楚の国も漢に降伏し、
劉邦は天下統一を達成、 「高祖」と名乗り、漢の初代皇帝となりました。
これが、「漢」の時代の幕開けですキラキラ
 
 

項羽は、冷酷無慈悲な武人、という訳ではなく、 この歌から見てとれる様に、
良くも悪くも、情に厚い人物であったかも知れない、
ただ、それまでの支配者がしてきた様に、武力をもって世を支配しようとしました。
 

しかし、時代は彼のような支配者をもはや求めていなかったのです。
 

 ひたすら武力をもって攻める事が役に立つ時もあり、
 厳しい政治をして悪を罰する事が必要な時もあり、
おだやかに人心をあつめて、地域を活性化させる事が必要な時もあり、
 法をゆるやかにして、民を守らなければならない時代もあります。
 
 

時勢を見極めた者だけが、時の勝者となるのですアップ



The history is interesting ビックリマークキラキラ